交通事故の示談交渉 完全ガイド
示談は「損害賠償金の合意確定」です。治療費・入院雑費・通院費・休業損害・慰謝料・後遺障害に伴う逸失利益・交通費等を一括で精算します。ポイントは、①適切な開始時期(症状固定)、②金額根拠の可視化、③合意条項の質。本ガイドでは、初めての方でも実務に耐えるレベルで、準備→提示→反論→合意の型を解説します。
示談は原則やり直しが困難です。サイン前に根拠を確認し、必要に応じて弁護士のセカンドオピニオンを取りましょう。
1. 示談交渉の開始時期|“症状固定”が合図
人身事故では、治療中は損害が増え続けるため総額を確定できません。多くのケースで「治癒」または「症状固定」を迎えた後に着手します。
- 治癒:症状が回復。以後の治療は不要。
- 症状固定:通常治療での有意改善が見込めない時点。以後は後遺障害に関する賠償(慰謝料・逸失利益)を検討。
早すぎる示談は通院不足・医証不足で低額化、遅すぎる示談は生活負担・時効のリスク。医師の見立てと実務相場で見極めましょう。
2. 損害項目の全体像|抜け漏れを防ぐ
| 区分 | 主な内容 | 根拠資料 |
|---|---|---|
| 積極損害 | 治療費、入院雑費、通院交通費、付添費、装具費、文書料 等 | 診療明細、領収書、通院経路・ICカード記録 |
| 休業損害 | 休業による収入減(給与・事業) | 源泉徴収票、給与明細、休業証明、確定申告書 |
| 慰謝料(傷害) | 入通院に伴う精神的苦痛 | 通院実績、治療内容、痛みの推移メモ |
| 後遺障害関連 | 後遺障害慰謝料、逸失利益(喪失率×期間) | 等級認定資料、医師意見、就労影響の証明 |
| 物的損害 | 車両修理/評価損、所持品破損 等 | 見積書、写真、時価資料 |
「保険会社提示=完全」ではありません。項目の捕捉と根拠の明示で総額は動きます。
3. 金額を作る技術|“どの表を、どう当てたか”を示す
3-1. 入通院慰謝料
- 期間表/実日数表のどちらを用いたか、適用段(行)を明示。
- 自由診療・高額治療の場合は必要相当性を医証で補強。
3-2. 後遺障害(等級)
- 症状固定の妥当性、等級認定(1〜14級)の有無。
- 14級は神経症状の一貫性がカギ。11級以上は画像・機能検査の質が決め手。
3-3. 逸失利益
概念式:基礎収入 × 労働能力喪失率 × 喪失期間(現在価値換算の調整あり)。
職種特性・年齢・配置転換・家事効率低下などの実害の可視化で補正を主張。
相手提示が曖昧な場合は、表(段)・率・期間・控除の全内訳を開示要求し、再計算を求めましょう。
4. 交渉の型|提示→検証→反論→再提示
- 初回提示の受領:総額だけでなく、内訳表(項目・計算式・根拠)を必ず取得。
- 検証:基準の当て方(入通院表の段、等級、喪失率・期間)と証拠の適合性を確認。
- 反論書面:論点を分割(慰謝料/休業損害/逸失利益/過失)し、根拠付きで修正案を提示。
- クロージング:合意見込みが低い論点は保留して総額最大化の落とし所を探る。
「譲らない」だけでは前に進みません。譲る項目・譲れない項目を事前に線引きし、総合最適で決めます。
5. 過失割合の影響|最後に効いてくる“係数”
過失は総額に直接乗算されます。実況見分調書、見取り図、ドラレコ、信号記録、目撃証言等で客観化を。
信号の色、合図、速度、見通し、優先道路など、修正要素でレンジが動きます。
「0:100」は限定的。実務のレンジを把握し、修正要素を積み上げて係数を下げるのが定石です。
6. 無保険・低提示・長期化…難局の対処
無保険(任意保険なし)
- 加害者へ直接請求+自賠責への加害者請求の動き。資力調査・分割条項を詰める。
- 自身の保険の人身傷害補償・弁護士費用特約の適用を確認。
低提示(自賠責枠内での押し込み等)
- 後遺障害の等級認定の質を見直し。非該当→異議申立で再構築。
- 入通院表の段・日数の再評価、就労影響の追加証明で再計算。
長期化
- 交渉ログ・往復書簡を整備して、ADR/訴訟への移行準備。時効管理を徹底。
7. 示談書の必須条項|サイン前チェック
| 条項 | ポイント |
|---|---|
| 支払条項 | 金額、支払期日、方法(振込)、遅延損害金 |
| 清算条項 | 本件に関する一切の請求権を相互に完了とする文言の範囲確認 |
| 将来悪化 | 後遺症悪化時の扱い(重篤事案は留保条項検討) |
| 過失割合 | 係数の明記と根拠資料の特定 |
| 秘密保持等 | 必要性と範囲(過度な拘束に注意) |
いったんサインすると原則撤回不可。条項は文言で結果が変わります。必ず精査を。
8. 実務フロー|7日間で“反論書面”まで到達する型
- Day1:提示書面・内訳の取り寄せ、資料棚卸(医療・事故・就労)。
- Day2:入通院表の適用段判定、後遺障害・喪失率・期間の骨子作成。
- Day3:不足医証の洗い出し、主治医への依頼事項整理。
- Day4:過失の修正要素リスト化(実況見分・ドラレコ・写真)。
- Day5:反論ドラフト(項目別)作成、金額再計算。
- Day6:社内レビュー/第三者レビュー(弁護士等)。
- Day7:正式送付、次回回答期限を設定。
9. よくある落とし穴
- 早期一括サイン:治療継続中に総額確定→後の悪化に対応不可。
- “社内基準”の鵜呑み:根拠不明提示。裁判基準レンジとの乖離を是正。
- 医証の薄さ:画像や検査、就労影響の客観資料が乏しい。
- 時効管理不足:交渉中でも時効は進む。中断措置を検討。
10. FAQ(よくある質問)
Q. 提示額が“相場通り”と言われた。信じてよい?
A. 相場とはどの表のどの段かで異なります。根拠・式・資料の特定を求め、再計算してください。
Q. 後遺障害が非該当。示談を進めるべき?
A. 異議申立での巻き返し余地を先に検討。医証を補強してからが定石です。
Q. 相手が無保険。どう進める?
A. 直接請求+自賠責スキーム、自身の特約適用、資力確認・分割条項を組み合わせます。












