従業員から会社への「逆求償」は可能か最判令和2年2月28日
1. 民法上の出発点(求償の基礎)
- ① 第一次責任:従業員本人… 故意・過失で他人に損害を与えた者は賠償責任(民法709条)。
- ② 使用者責任:会社も賠償… 業務執行につき損害を与えたときは会社も原則責任(民法715条1項)。
- ③ 会社→従業員への求償… 会社が被害者へ賠償したとき、従業員へ補填請求可(同3項)。
- ④ ただし制限あり… 規模・業務性質・労働条件などを総合考慮し、1/4〜1/2程度に制限する傾向(公平分担)。
従来は「会社→従業員」方向の求償は条文と裁判例で整理が進んでいましたが、従業員→会社の逆方向は条文上の明文なく、判断が分かれていました。
2. 問題提起:逆求償は許されるのか?
事案の核心は、従業員が被害者に先に賠償した場合に、会社へ補填を求められるかという点です。
控訴審は「原則不可」としましたが、最高裁はこれを覆しました。
3. 最高裁の結論と射程(令和2年2月28日)
| 論点 | 最高裁の見解(要旨) |
|---|---|
| 逆求償の可否 | 従業員から会社への求償を認める。使用者責任の根拠(利益・危険の帰属)に照らせば、 会社が先に賠償したか、従業員が先に賠償したかで会社の負担が変わるのは相当でない。 |
| 按分の考え方 | 会社→従業員の求償と同様、公平な負担分担の観点から従業員側の責任は制限。 (具体割合は事案に即して総合考慮。差戻し審で精査) |
| 実務的射程 | 被害者救済の速度と実効性を担保。 どちらが先に弁済しても、最終的な内部負担は公平に調整される。 |
ポイントは「利益を得る側が危険も分担する」という使用者責任の規範内容。
弁済の先後で最終負担が変わるのは不合理、という筋立てです。
4. 差戻し審での主な考慮要素(逆求償の按分指標)
- 事故態様:過失の程度・業務指示との関連・安全配慮体制。
- 会社側の関与:教育・監督・整備・運行管理・人員配置。
- 従業員の属性:勤続・職務内容・勤務実態・過去の指導履歴。
- 事後対応:報告の適時性・隠匿の有無・誠実対応。
- 経済力バランス:会社規模・保険付保状況・従業員の生活保障。
従来の「会社→従業員」求償の制限法理(公平分担)が、対称的に逆方向でも妥当する、という理解が実務的です。
5. 実務影響とやるべきこと(3つの視点)
(1)従業員の視点
- 積極的な被害弁償・示談推進が可能:刑事処遇・職責上のリスク低減に資する。
- ただし「事故隠し」は厳禁:即時報告・会社関与の下で進める(懲戒・按分不利の回避)。
- 保険確認:個人加入の賠償責任保険・弁護士費用特約の有無をチェック。
(2)会社の視点
- 広い意味でのリスク帰属を自覚:教育・監督・運行管理体制の整備。
- 保険戦略:対人・対物・使用者賠償・企業賠償責任保険等の付保。
- 内部規程:事故報告・示談承認・費用負担・逆求償の手順を明文化。
(3)被害者の視点
- 請求先の選択自由度が実質拡大:会社・従業員いずれからの賠償でも、
最終的な内部負担は逆求償で調整される。 - スピード重視の交渉が可能:保険付保・対応力の高い側にまず請求し、早期解決を図る。
6. クイックチェックリスト
- 業務起因の事故か(指揮監督下・業務関連性)。
- 会社の安全配慮・教育・管理体制の実態と記録。
- 従業員の過失の程度・報告の適時性・誠実対応。
- 保険(会社・個人)の付保状況、免責条項、弁護士費用特約。
- 先に弁済する側の資力・交渉力(被害者救済の速度優先)。
7. よくある誤解の整理
| 誤解 | 正しい理解 |
|---|---|
| 従業員が先に払ったら会社は関係ない。 | 逆求償が可能。最終負担は公平分担で按分され得る。 |
| 使用者責任は雇用契約社員に限られる。 | 「事業の執行につき」広く射程。指揮監督下なら対象となり得る。 |
| 求償は常に全額回収できる。 | 従業員側の責任は制限(1/4〜1/2目安)が基本的傾向。 |












